カウンセラー紹介

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「はたらくサポ」代表

巽 博靖(たつみ・ひろやす) 

 

「喜びを持った生き方」「心の自立」を全力でサポートする

人間関係の悩み改善と人材育成専門の心理カウンセラー

 

産業カウンセラー
DiSC認定コンサルタント        
企業研修・セミナー講師

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こんにちは。「はたらくサポ」の巽です。
私は社会人になって20年間一貫して人材育成に携わってきました。現在は独立し心理カウンセラー兼セミナー講師として活動しています。

今でこそ心理カウンセラーとして心の不調を抱えた方々のお悩みに耳を傾ける日々を送っておりますが、私自身も少年期に発症した心臓疾患が発端となり、全ての自信を失い、劣等感を抱えたまま大人になりました。長年自分の価値を見出せず、対人緊張やあがり症に苦しんだこともありましたが、周りの方々のサポートもあり、何とか克服することができました。様々な辛い思いも経験しましたが、今となってはこれら全ての経験が、今の私自身を形成する上での貴重な財産になっているのだと感じています。

私が行う心理カウンセリングと研修・セミナーは共通した想いで実施しています。
 目的は、「関わる方々を自立に導く」こと。
 ゴールは、「関わる方々が本当の自分を取り戻し、喜びをもって生きていく」こと。

その場限りの癒しや、その場限りの高揚感を提供するだけでは、何の意味もありません。
「人は簡単には変われない」ということを受け入れた上で、
「どうすれば行動に移せるのか」「どうすれば変わっていけるのか」
相談者と同じ視点で共に考え、しっかりとサポートし「行動変容」に導いてまいります。

人生を生きている限り、今後もいろいろな悩みや問題が発生します。しかしそれら全てを避けることはできません。
大切なことは、新たな悩みや問題があなたに降りかかってきた際に「自ら考え適切な行動を取れる力を身につけておくこと」自立した一人の人間を目指し「自分らしく生きていける」よう、心理カウンセリングと研修セミナーを通じて全力でサポート致します。 

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【プロフィール詳細】

心理カウンセリングやセミナーを受けて悩みや課題が解決するかどうかは、あなたと私との相性というのも重要なポイントです。少し長くなりますが、興味のある方はぜひご覧ください。


勤続20年の経験と共に歩む

 私は商社系携帯電話販売代理店に20年勤務、その間現場責任者や営業担当を経験し、なぜそんな私が研修講師となり心理カウンセラーとなって開業する運びとなったのか、少しお話させて頂きたいと思います。

 

入社 店長就任 指示的な指導から信頼をベースへ
私は商社系携帯電話販売代理店に新入社員として営業部に配属され、当時急成長期のこの業界で右も左も良くわからないまま奔走する日々を送っていました。そんな私の転機は28歳の時、会社直営の携帯電話ショップの店長に着任したことから始まりました。

当時は携帯電話が一気に世の中に普及していく過渡期であり、現場では連日休憩を取れないくらいの多くのお客様で賑わっておりました。店舗拡大の会社の意向により当時の私は店長として複数の店舗の兼任を任されます。

7年間で8店舗、スタッフは常時40名ほどおり、私は販売管理と並行して、スタッフの指導と育成、メンタルフォローに関わることになっていくのですが、当初は失敗の連続でした。兼任店長ゆえ不在の状況も多く、若いスタッフたちとのコミュニケーションはとても難しいものがありました。

「思うように動いてくれない」

「何を考えているのかわからない」

「どのように接していいのかわからない」

日々どうやってお店をまわしていくか、その事に頭を悩ますようになりましたが、当時の私は、複数の店舗をみることに精一杯で気持ちにも余裕がなく、スタッフに対して指示的な態度を取り、重要な仕事は一切任せず、全て自分で抱えていました。「自分がいなければ店は成り立たない」そんな思いに支配され、常にスタッフを「見張っている」ような状態でした。今振り返ると、スタッフを信じていなかったのだと思います。
当然そんな状態では、スタッフたちとの関係も上手くいくはずもなく、一体感のない殺伐とした雰囲気の職場になっていました。

そのような状況が一転し運営がスムーズになったのは、私が風邪を拗らせ、心内膜炎という病を発症し2ヶ月間療養したことがきっかけでした。私が入院し療養していた間、スタッフたちは大きなトラブルを起こすこともなく、無事にお店をきりもりしてくれたのです。

「私がいなくても大丈夫なんだ」そう思えた瞬間、すっと気持ちが楽になりました。

職場に復帰後、私は今まで感じていた、スタッフとの「深い溝」を何とかしたいという思いから、スタッフとの会話を増やすことにしました。
個人面談という形を取り、定期的に実施するようになったのです。最初は乗り気ではなかったスタッフたちでしたが、失敗を重ねながらも、根気よく向き合い続けているうちに、少しづつ心を開いてくれるようになりました。

「とにかく向き合い続けることが大切だ」そう言い聞かせていました。

その結果、どうにか面談も定着し、毎日どこかの店舗で面談を行っているような状態になっていました。
そして、いつの間にか「スタッフの心のケア」が、私のライフワークになっていったのです。

この時に気づいたのが「相手の話を聴くことの大切さ」でした。
それは指示的な指導に限界を感じていた私にとって、とても大きな気づきでした。

「相手が何を考え、どのように感じているのか?」

ここに意識を向けながらコミュニケーションを取ることで、今まで感じていた「深い溝」が少しずつ無くなっていきました。

私は、指示的だった態度を「支持的」に改め、見張るのではなく「見守る」ことに徹していきました。
すると今までのような指示待ちではなく、どんどん主体的になり「自ら考えて行動する」ようになっていきました。

スタッフ一人一人が自分の中に答えを持っていたのです。

そして、大切な仕事も任せられるようになっていきました。
こうして、次第にスタッフとの信頼関係が作られ、お店の業績も伸びていったのです。

そんな店長生活は約7年間続きましたが、多くのスタッフやお客様と向き合い、関わることによって、私が苦手だった「人」に対する意識が明らかに変わっていきました。

そう、人は「信頼」してもいいのだと

なにより、私の心理カウンセラーとしての原点がここにあるのです。

こうして、スタッフたちがそれぞれ成長したのち35歳になった私は店舗から離れ本部へと異動することになります。

  

営業部での錯綜
 ここでの仕事内容は、主に携帯事業者との商談を行い取引先ごとに販売目標を設定し日々予算達成の進捗を追いかける。というものでした。とにかくこの頃は、数字、結果、予算達成・・・いつもこれらの言葉にとらわれていて、せっかくの休日も業務用の携帯電話は手放せない状態が続き、何をしていても休まることもなく常に仕事のことが頭から離れない状況へとなっていました。そしてその事に私自身も気づいていなかったのです。

「私はいったい何のためにこれ程結果を出すことに執着したのか?」

会社に貢献したい。達成感を味わいたい。取引先の役に立ちたい。という思いを持つ一方で、それ以上に責任を果たしたい。評価されたい。負けたくない。文句を言われたくない。・・・といった「人間関係」を意識した動機が大半を占めるようになっていったのです。そのような状況を十分に整理することも出来ず、私はいつも時間に追われている日々を繰り返していたのでした。

 

心臓病との生死の向き合い
一方私生活においては、幼少期から活発で、遊びも勉強も毎日フル回転で過ごしていましたが、13歳の頃、当時通っていた少林寺拳法での練習中に左胸を強打、その後心臓の病(心臓弁が壊れる)が発覚します。その為日常において運動制限を強いられる訳ですが、多感な時期だったこともあり、私はそれが受け入れられず周囲に自らの病を告げることなく精神的な苦痛(辛さ・劣等感等)を胸の内に秘めたまま大人になり、社会人となりました。

当然それは会社の知るところではなく、私は入社2年後、現場に異動になり、複数店舗の兼務店長を任され、通勤2時間~3時間に及ぶ遠隔地での激務が続くようになりました。その間スタッフの育成と業績の向上に努め、遣り甲斐を感じる一方で、使命感でこなしていた日々の業務も次第に体の不調を隠し通せない状況へとなっていました。 

そして病の発症から25年後の2008年、私の病を治せる名医がいると聞き、ようやく東京の大学病院にて心臓弁形成術という心臓手術を受けることとなりました。10時間に及ぶ難しい手術になりましたが無事成功。私は念願の健康な体を手に入れるのです。 

これで幼少期の頃からの劣等感から解放され、私は伸び伸びと胸を張って仕事に打ち込むはずでした。
ところが、病院での医師・スタッフの方々のチームワーク、志の高さ、モチベーション、それらを入院中目の当たりにしている内に、私の中からあらたな悩みと葛藤が浮かぶのです。
 

手術の成功 新たな苦悩の中へ

「私は先生方のように、自らを輝かせて仕事をしていただろうか?」
「今の仕事は私でなくてもできるものではないか?」
「私は一度きりの人生をどのように生きていきたいのだろうか?」

自問自答の苦悩の日々が続くようになりました。

私は体の劣等感から解放された後、心や仕事への意識の向け方に注目するようになっていったのです。でもそれは日々流されるように仕事に追われる私をより深く悩ませていったのでした。職場に復帰した私は昇級し中間管理職となる一方で、自らの仕事のモチベーションを見失いつつありました。

そんな中で私の脳裏に浮かぶのは、あの心臓手術でお世話になった先生方の姿でした。

「私ももっと人に役立つ仕事がしたい、私自身を活かしたい、」

「今からでも先生になれないものか」
そんな子供のわがままのような思いから、私は手術から2年後、鍼灸専門学校の入学試験を受け合格します。

 私は東洋医学の先生になろうと思ったのです。そして上司に退職の意志を伝えることになるのです。 
その時、上司から言われた一言が、私の運命を変えていきます。

 

先生”を目指すなら「ここで」自分の価値を発見する

退職の意志が固い私に上司は言いました。
「ばかなことをいうな!」
「来期から人材育成に特化した部署が全国で新設される事になっている。そこに移って欲しい。巽は社歴も長いし経験も豊富だろう?先生を目指すのなら、ここでやってくれ!今まで培った経験を先生として現場のスタッフにしっかりと伝え指導していってくれないか?」そう言われたとき、はっと自分の勝手な思い込みに気がついたのです。

つまり私は頑なになるがあまり「先生=医師」なのだと思い込んでいたのです。

「私が今まで当たり前のように行っていた仕事でも他人から見れば価値があるのか?」
「私も人材育成においては、この会社で貴重な存在なのか?」
「私は社会人の先生としてやっていける程の経験を積んでいたのだ!」
「私はこの人材育成という分野で先生として貢献できるのだ!」

 「普段から何気なく自然にこなせる事、無意識に出来てしまう事こそが、自分の強みになるのだ!」

この気付きが、「今まで培った経験すべてを皆に伝えていこう」そして「この会社で先生としてやっていこう」という覚悟と喜びへと繋がっていったのです。こうして私は退職を撤回し、研修講師の道へと歩みを進めることになったのです。

 

研修講師としての日々

人材育成部署が発足し、研修講師としての日々が始まりましたが、講師を務めながらも「なぜ今までこのような部署が存在していなかったのか?」と改めて人材育成の重要性を実感していました。目先の販売や利益を優先し、成果が見えるまで時間を要する教育は後回しになる・・・その結果、入社した人材が即現場に配属され、不安を抱えたまま馴染めずにすぐに辞めてしまったり、中堅やベテランクラスの人材が将来への不安やモチベーションの低下などで辞めてしまう・・・

このような悪循環が研修を導入したことで、離職率減少や現場スタッフの指導負担軽減となり少しづつ緩和されていきました。まだまだ講師としてのスキルは未熟であったものの、自身の経験を活かせるこの仕事に遣り甲斐を見つけ充実感を感じていました。

しかしながら、社内研修(企業研修)はあくまでも義務として受講しなければならない場合がほとんどで、受講者も自主的に参加しているわけではなく、どちらかというと「やらされている」という感覚が強い為、その気にさせる、やる気にさせることの難しさを感じていました。日々課題にぶち当たり、その都度見直しをして、考えて、また考えて進め方を変えていきました。 

その結果たどり着いたのが、受講者の前で話すことに重きを置く研修ではなく、受講者の声を徹底的に聴くというスタイルでした。事あるごとに受講者への問いかけを繰り返し、出てきた意見や考えを全面的に受け止めた上で、私がその意見を要約してフィードバックする。これを繰り返すことで本来こちらから伝えたかった答えに自らが到達していきました。

研修を進める上で時間の管理は難しくなりましたが、それ以上に成果が大きく受講者の理解度や取り組み姿勢が明らかに変わりました。 
自らが考え導き出した答えは、こちらが一方的に伝えるものよりはるかに価値があり、決して忘れることはありません。だからこそ私は流暢に話す講師ではなく、「聴く講師」になろう!と決めました。

  

人の心の奥深い問題 心理カウンセラーへ

私は「聴く講師」としての活動に努め、日々その成果を感じつつ、受講者のその後にも目を向けはじめ、現場に足を運び、勤務中の様子を観察したり、本人と面談をしながらその後の変化を確認するようにしました。
しかしそこであらたな課題を発見することになるのです。

「期待していたほど受講者に変化が起きていない」
「研修時の熱意が薄れている」
「変化が持続せず三日坊主になっている」

「人は簡単には変われない」その事実を受け入れなければなりませんでした。
思い返せば私自身も今までいろいろな研修を受講してきましたが、その場限りの高揚感を味わっただけでした・・・

 「一般的な研修だけでは限界がある」
そう感じた私は、現場で働くスタッフや身近な方々との面談の機会を増やし、個々の抱えている問題や悩みに耳を傾け続けました。そこで見えてきたものは「過去の記憶が今の自身の行動に影響を与えている」ということでした。
面談をした多くの方が、現在の仕事上の問題や悩みを話すうちに、幼少期の体験や今までの両親との関係などを話し始めるのです。
過去の経験や記憶が蓄積され今の無意識の行動や、とっさの反応として現れる・・・
人の心の奥深さ気づかされ愕然としましたが、同時に研修講師としてステップアップすることを心に誓いました。

そこで私は新たなチャレンジをすることになります。
人の心の奥深さを学ぶため、心理カウンセラーを目指そうと考えました。
「聴く講師を名乗るのなら聴くプロになろう」そう決意し、聴く力の専門家である「産業カウンセラー」の資格取得を目指し、仕事の傍ら夜間のカウンセラー養成コースに通いました。「今まで自分の経験値を物差しにして相手のことをわかったようなつもりになっていたな・・・」反省することも多々ありましたが、何より「心の仕組み」を学べたことは、研修講師として、そして一人の人間として成長させてもらえました。

試行錯誤の末、自分のスタイルを確立した私は約5年間の講師生活において、ありがたいことに全国を飛び回り700回以上の登壇を経験し、約6,000人の受講者と向き合ってまいりました。受講者の成長や新たな可能性、喜びに溢れた笑顔を見ている時、私は遣り甲斐と幸せを感じていました。そんな私自身も受講者に様々な気づきを与えてもらい、大きく育ててもらえたことにとても感謝しています。

そんな私は、入社20年の節目をくぎりに新しい道を歩むことを決め会社を退職しました。
現場、営業、人材育成と様々な立場の職務に携わった経験を新しい道で活かしていこうと。 

  

全ての答えは自分の中にある 新たなるチャレンジへ

 私が行う心理カウンセリングと研修・セミナーは共通した想いで実施しています。

目的は、「関わる方々を自立に導く」こと。
ゴールは、「関わる方々が本当の自分を取り戻し、喜びをもって生きていく」こと。

その場限りの癒しや、その場限りの高揚感を与えるだけでは、何の意味もありません。

「人は簡単には変われない」ということを受け入れた上で、
「どうすれば行動に移せるのか」「どうすれば変わっていけるのか」
相談者と同じ視点で共に考え、しっかりとサポートし「行動変容」に導いてまいります。

 

人生を生きている限り、今後もいろいろな悩みや問題が発生します。しかしそれら全てを避けることはできません。
大切なことは、新たな悩みや問題があなたに降りかかってきた際に「自ら考え適切な行動を取れる力を身につけておくこと」だと私は感じています。
自立した一人の人間を目指し「自分らしく生きていける」よう、心理カウンセリングと研修セミナーを通じて全力でサポート致します。 

今思えば私の仕事の日々は劣等感との格闘と成長であったと思います。

身体への劣等感、キャリアへの劣等感、
しかしそれら全てを変えてきたのは、人の心の純粋さ。信頼という喜びの中にいる、ということ

それら全ては私の中にあった。遠回りしてきたようで、全ては私の心の中に答えはあったのです。

 

はたらくサポ

代表 巽 博靖