カウンセラー紹介
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こんにちは。「はたらくサポ」の巽です。 今でこそ心理カウンセラーとして心の不調を抱えた方々のお悩みに耳を傾ける日々を送っておりますが、私自身も少年期に発症した心臓疾患が発端となり、全ての自信を失い、劣等感を抱えたまま大人になりました。長年自分の価値を見出せず、対人緊張やあがり症に苦しんだこともありましたが、周りの方々のサポートもあり、何とか克服することができました。様々な辛い思いも経験しましたが、今となってはこれら全ての経験が、今の私自身を形成する上での貴重な財産になっているのだと感じています。 私が行う心理カウンセリングと研修・セミナーは共通した想いで実施しています。 その場限りの癒しや、その場限りの高揚感を提供するだけでは、何の意味もありません。 人生を生きている限り、今後もいろいろな悩みや問題が発生します。しかしそれら全てを避けることはできません。
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【プロフィール詳細】 心理カウンセリングやセミナーを受けて悩みや課題が解決するかどうかは、あなたと私との相性というのも重要なポイントです。少し長くなりますが、興味のある方はぜひご覧ください。
私は商社系携帯電話販売代理店に20年勤務、その間現場責任者や営業担当を経験し、なぜそんな私が研修講師となり心理カウンセラーとなって開業する運びとなったのか、少しお話させて頂きたいと思います。
入社 店長就任 指示的な指導から信頼をベースへ 当時は携帯電話が一気に世の中に普及していく過渡期であり、現場では連日休憩を取れないくらいの多くのお客様で賑わっておりました。店舗拡大の会社の意向により当時の私は店長として複数の店舗の兼任を任されます。 7年間で8店舗、スタッフは常時40名ほどおり、私は販売管理と並行して、スタッフの指導と育成、メンタルフォローに関わることになっていくのですが、当初は失敗の連続でした。兼任店長ゆえ不在の状況も多く、若いスタッフたちとのコミュニケーションはとても難しいものがありました。 「思うように動いてくれない」 「何を考えているのかわからない」 「どのように接していいのかわからない」 日々どうやってお店をまわしていくか、その事に頭を悩ますようになりましたが、当時の私は、複数の店舗をみることに精一杯で気持ちにも余裕がなく、スタッフに対して指示的な態度を取り、重要な仕事は一切任せず、全て自分で抱えていました。「自分がいなければ店は成り立たない」そんな思いに支配され、常にスタッフを「見張っている」ような状態でした。今振り返ると、スタッフを信じていなかったのだと思います。 そのような状況が一転し運営がスムーズになったのは、私が風邪を拗らせ、心内膜炎という病を発症し2ヶ月間療養したことがきっかけでした。私が入院し療養していた間、スタッフたちは大きなトラブルを起こすこともなく、無事にお店をきりもりしてくれたのです。 「私がいなくても大丈夫なんだ」そう思えた瞬間、すっと気持ちが楽になりました。 職場に復帰後、私は今まで感じていた、スタッフとの「深い溝」を何とかしたいという思いから、スタッフとの会話を増やすことにしました。 「とにかく向き合い続けることが大切だ」そう言い聞かせていました。 その結果、どうにか面談も定着し、毎日どこかの店舗で面談を行っているような状態になっていました。 この時に気づいたのが「相手の話を聴くことの大切さ」でした。 「相手が何を考え、どのように感じているのか?」 ここに意識を向けながらコミュニケーションを取ることで、今まで感じていた「深い溝」が少しずつ無くなっていきました。 私は、指示的だった態度を「支持的」に改め、見張るのではなく「見守る」ことに徹していきました。 スタッフ一人一人が自分の中に答えを持っていたのです。 そして、大切な仕事も任せられるようになっていきました。 そんな店長生活は約7年間続きましたが、多くのスタッフやお客様と向き合い、関わることによって、私が苦手だった「人」に対する意識が明らかに変わっていきました。 そう、人は「信頼」してもいいのだと。 なにより、私の心理カウンセラーとしての原点がここにあるのです。 こうして、スタッフたちがそれぞれ成長したのち35歳になった私は店舗から離れ本部へと異動することになります。
営業部での錯綜 「私はいったい何のためにこれ程結果を出すことに執着したのか?」 会社に貢献したい。達成感を味わいたい。取引先の役に立ちたい。という思いを持つ一方で、それ以上に責任を果たしたい。評価されたい。負けたくない。文句を言われたくない。・・・といった「人間関係」を意識した動機が大半を占めるようになっていったのです。そのような状況を十分に整理することも出来ず、私はいつも時間に追われている日々を繰り返していたのでした。
心臓病との生死の向き合い 当然それは会社の知るところではなく、私は入社2年後、現場に異動になり、複数店舗の兼務店長を任され、通勤2時間~3時間に及ぶ遠隔地での激務が続くようになりました。その間スタッフの育成と業績の向上に努め、遣り甲斐を感じる一方で、使命感でこなしていた日々の業務も次第に体の不調を隠し通せない状況へとなっていました。 そして病の発症から25年後の2008年、私の病を治せる名医がいると聞き、ようやく東京の大学病院にて心臓弁形成術という心臓手術を受けることとなりました。10時間に及ぶ難しい手術になりましたが無事成功。私は念願の健康な体を手に入れるのです。 これで幼少期の頃からの劣等感から解放され、私は伸び伸びと胸を張って仕事に打ち込むはずでした。 手術の成功 新たな苦悩の中へ 「私は先生方のように、自らを輝かせて仕事をしていただろうか?」 自問自答の苦悩の日々が続くようになりました。 私は体の劣等感から解放された後、心や仕事への意識の向け方に注目するようになっていったのです。でもそれは日々流されるように仕事に追われる私をより深く悩ませていったのでした。職場に復帰した私は昇級し中間管理職となる一方で、自らの仕事のモチベーションを見失いつつありました。 そんな中で私の脳裏に浮かぶのは、あの心臓手術でお世話になった先生方の姿でした。 「私ももっと人に役立つ仕事がしたい、私自身を活かしたい、」 「今からでも先生になれないものか」 私は東洋医学の先生になろうと思ったのです。そして上司に退職の意志を伝えることになるのです。
”先生”を目指すなら「ここで」自分の価値を発見する 退職の意志が固い私に上司は言いました。 つまり私は頑なになるがあまり「先生=医師」なのだと思い込んでいたのです。 「私が今まで当たり前のように行っていた仕事でも他人から見れば価値があるのか?」 「普段から何気なく自然にこなせる事、無意識に出来てしまう事こそが、自分の強みになるのだ!」 この気付きが、「今まで培った経験すべてを皆に伝えていこう」そして「この会社で先生としてやっていこう」という覚悟と喜びへと繋がっていったのです。こうして私は退職を撤回し、研修講師の道へと歩みを進めることになったのです。
研修講師としての日々 人材育成部署が発足し、研修講師としての日々が始まりましたが、講師を務めながらも「なぜ今までこのような部署が存在していなかったのか?」と改めて人材育成の重要性を実感していました。目先の販売や利益を優先し、成果が見えるまで時間を要する教育は後回しになる・・・その結果、入社した人材が即現場に配属され、不安を抱えたまま馴染めずにすぐに辞めてしまったり、中堅やベテランクラスの人材が将来への不安やモチベーションの低下などで辞めてしまう・・・ このような悪循環が研修を導入したことで、離職率減少や現場スタッフの指導負担軽減となり少しづつ緩和されていきました。まだまだ講師としてのスキルは未熟であったものの、自身の経験を活かせるこの仕事に遣り甲斐を見つけ充実感を感じていました。 しかしながら、社内研修(企業研修)はあくまでも義務として受講しなければならない場合がほとんどで、受講者も自主的に参加しているわけではなく、どちらかというと「やらされている」という感覚が強い為、その気にさせる、やる気にさせることの難しさを感じていました。日々課題にぶち当たり、その都度見直しをして、考えて、また考えて進め方を変えていきました。 その結果たどり着いたのが、受講者の前で話すことに重きを置く研修ではなく、受講者の声を徹底的に聴くというスタイルでした。事あるごとに受講者への問いかけを繰り返し、出てきた意見や考えを全面的に受け止めた上で、私がその意見を要約してフィードバックする。これを繰り返すことで本来こちらから伝えたかった答えに自らが到達していきました。 研修を進める上で時間の管理は難しくなりましたが、それ以上に成果が大きく受講者の理解度や取り組み姿勢が明らかに変わりました。
人の心の奥深い問題 心理カウンセラーへ 私は「聴く講師」としての活動に努め、日々その成果を感じつつ、受講者のその後にも目を向けはじめ、現場に足を運び、勤務中の様子を観察したり、本人と面談をしながらその後の変化を確認するようにしました。 「期待していたほど受講者に変化が起きていない」 「人は簡単には変われない」その事実を受け入れなければなりませんでした。 「一般的な研修だけでは限界がある」 そこで私は新たなチャレンジをすることになります。 試行錯誤の末、自分のスタイルを確立した私は約5年間の講師生活において、ありがたいことに全国を飛び回り700回以上の登壇を経験し、約6,000人の受講者と向き合ってまいりました。受講者の成長や新たな可能性、喜びに溢れた笑顔を見ている時、私は遣り甲斐と幸せを感じていました。そんな私自身も受講者に様々な気づきを与えてもらい、大きく育ててもらえたことにとても感謝しています。 そんな私は、入社20年の節目をくぎりに新しい道を歩むことを決め会社を退職しました。
全ての答えは自分の中にある 新たなるチャレンジへ 私が行う心理カウンセリングと研修・セミナーは共通した想いで実施しています。 目的は、「関わる方々を自立に導く」こと。 その場限りの癒しや、その場限りの高揚感を与えるだけでは、何の意味もありません。 「人は簡単には変われない」ということを受け入れた上で、
人生を生きている限り、今後もいろいろな悩みや問題が発生します。しかしそれら全てを避けることはできません。 今思えば私の仕事の日々は劣等感との格闘と成長であったと思います。 身体への劣等感、キャリアへの劣等感、 それら全ては私の中にあった。遠回りしてきたようで、全ては私の心の中に答えはあったのです。
はたらくサポ 代表 巽 博靖
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